今回はアメリカの作曲家フランク・ラ・ロッカ作曲のミサ『Messe des Malades』とレクイエム『忘れられた人々のためのレクイエム Requiem for the Forgotten』が録音された一枚を聴いた。演奏はベネディクトXVI合唱団とベネディクトXVI管弦楽団(リチャード・スパークス指揮)。
『Messe des Malades』は2022年作曲の混声合唱とオルガンのための作品、『忘れられた人々のためのレクイエム』は2020年から2023年にかけて作曲された混声合唱と低音弦楽(low strings)、オルガン、ハープのための作品である。eclassical または Capella Records のサイトから作曲者自身の書いたライナーノーツを確認することができるが、前者のミサは病に苦しむ者(Malades)、後者のレクイエムはホームレス、そして難民のことを想って書かれた作品だという。ライナーノーツにはテクニカルな話に加えて、本作の「作曲哲学」とでも言うべき信念が明確に記されている。サブスクの時代、ライナーノーツを読まずに聴いてしまうことも多いのだが、やはり読める時は読むべきだなと思う。以下、ライナーノーツの内容にも触れながら書いていく。
『Messe des Malades』は2020年に亡くなった作曲家の姉の勇姿を個人的な参照点とした作品である。作曲家によれば、出発点となったイメージは「謙虚さで鍛えられた強さ(strength tempered with humility)」だったという。このミサは全体的に「揺れ動く」ミサである。たとえばフォルティッシモで強くはじまる Kyrie は協和音と不協和音、強奏と弱奏を行き来し続けるし、Gloria では長調と短調の行き来も明確にみられる。曲想の変化が多いと単純にまとめても良いのだが、病と闘う者たちが表に見せる「強さ」の裏側にある揺らぎを肯定するような音楽なのかなと感じられた。
M4には(聖油を塗る儀式の伴奏?として)モテットが含まれているが、これもなかなかの絶品であるし、M5後半の Benedictus のソロは圧倒的な美しさ。最終曲 Agnus dei は短い中で暗闇(短調)から希望の光(長調)へ、あるいは病から癒への道筋が見える。これは間違いなく良いミサだと感じる。また、ミサの後には神に受け入れられるように祈るための音楽である奉納唱(Offertory)として Diffusa est gratia(M7)が歌われる。ゆったりとたっぷりと敬虔な歌が響く時間であった。
後半は『忘れられた人々のためのレクイエム』である。ホームレスのための作曲に行き詰まる中で、Music not for their bodies, but for their souls という考えに至り、だからこそレクイエムを作曲したということが述べられている。冒頭から強烈な重みを持って響く Introit についての記述が、そのままこの作品のコアとなっていると思われる。今回は英語で引用。
... the Introit has all the gravity and majesty one might expect for a “very important person” — because, seen from the perspective of their Creator, each of these souls is of completely equal dignity and worth to every other human person, regardless of their condition living on the streets. So to, for the refugee seeking haven from war or oppression: “… as long as you did it for one of these my least brethren, you did it for Me” (Matt. 25: 40).
(ライナーノーツ p.7 より)
最後に出てくる「マタイによる福音書」の内容は坂元裕二『スイッチ』じゃないか!ということを書き出したのだが、それも書いていたら終わらないので、これ以上は書かない。端的に言えばあらゆる魂は等しく重いということだけは絶対に譲れない信念としてこの作品を貫いており、それを確信させる存在として創造主(creator)という超越的な存在が位置付けられているといえよう。
レクイエムの3曲目(M10)では、本作のためにジェームズ・マシュー・ウィルソンが書き下ろした詩「ウクライナのための讃歌」を合唱団が歌い上げる。ウクライナはフランク・ラ・ロッカの母親の出身であり、ウクライナにルーツを持った作曲家といえる。重苦しい作品が並ぶレクイエムの中では比較的優しさを感じられ、静謐な美しさのある一曲だった。
M14 O vos omnes はここに来ての改めての重苦しい一曲。圧倒的な救われなさ。疎外感。テノールの独唱によって、M15 Pie Jesu との接続を行っているわけだが、O vos omnes では誰からも寄り添われず不協和音を構成する音となっていたテノール独唱が、Pie Jesu ではアルト独唱に寄り添われるところにはグッと来るものがあった。前半のミサとは異なり、最後まで完全な安らぎ(救済)が訪れることはなかったが、アルトの寄り添いから最後にかけて微かな希望を予感させて幕を閉じた。
はじめて聴く作曲家に、はじめて聴く合唱団で正直なところ全く期待していなかったのだが、思わぬ掘り出し物だった。演奏についてはあまり触れなかったが、充分すぎる上手さだった。
Frank La Rocca: Requiem for the Forgotten; Messe des Malades
The Benedict XVI Choir, The Benedict XVI Orchestra, Richard Sparks
2024 (Cappella Romana: CR430)
Links: Presto, eclassical, Capella Records, Naxos
★★★★★(2024/7/14)