これまでクラシック系のアルバムの中でも合唱アルバムの鑑賞記録を多く書いてきた。それらのまとめとして2024年リリースの新譜に限定して(現時点での)マイベストを決めてみることにした。
技術や音質の良さなども考慮しているが、アルバムを聴いて個人的に琴線に触れたかを最も重視して決定した。一応ランキング形式としたのだが、順位にそこまで深い思慮はないし、横並びの10選くらいの気持ちではある。
1. Rachmaninoff: All-Night Vigil
Patram Institute Male Choir, Ekaterina Antonenko
(Chandos: CHSA5349)
現時点での2024年No.1はパトラム・インスティチュート男声合唱団(ロシア)による、男声合唱編曲版のラフマニノフ『徹夜祷』。昨年2023年のラフマニノフ生誕150年を祝して、非常に味のある一枚が送り出された。男声版編曲にあたり、調性が下げられたことに加え、8人の「オクタビスト」が入ったため、混声合唱版よりも低音の魅力が前に出た演奏となっている。混声合唱どころか男声合唱でもまず聴けないような深みのある音楽空間に酔いしれることができた。密集配置の男声合唱らしい音圧と力強さ、そして男声の柔らかさや温かさに加えて、ロシア音楽らしい土臭さも感じられる。かの有名なスヴェシニコフ盤の系譜と言えるだろう。個人的には第11曲の演奏がイチオシ。
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2. The Lamb's Journey
Ensemble Altera, Christopher Lowrey
(Alpha: ALPHA1029)
合唱音楽の歴史はキリスト教なくして語れない。本作は神の子羊(lamb)をテーマに、15世紀から21世紀の合唱音楽をタイムトラベルのように辿っていく。アンサンブル・アルテラというアメリカのヴォーカル・アンサンブルのデビューアルバムで、高いアンサンブル技術で各時代の作品を感動的に仕上げている。通しで聴いてみると、作曲年代や作曲技法などが大きく異なる多様な音楽がすべて「神の子羊=イエス・キリスト」というテーマで繋がっているところには言い知れない感動がある。プーランクのミサやエセンヴァルズの「O salutaris hostia」などでの、ソプラノ独唱の歌い上げには神々しさすら覚えた。そして、旅のラストにバーバーの「アニュス・デイ」が沁みる。
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3. Duruflé: Requiem & Poulenc: Lenten Motets
The Choir of Trinity College Cambridge, Stephen Layton
(Hyperion: CDA68436)
スティーヴン・レイトンが音楽監督を務めてきた名門トリニティ・カレッジ混声合唱団は毎年コンスタントにアルバムをリリースしているが、現時点で今年注目のリリースはデュリュフレ『レクイエム』&プーランク『悔悟節のための4つのモテット』。レイトンは昨年末で同合唱団の音楽監督を離れたそうなので、これが実質的に集大成の一枚かもしれない。『レクイエム』では合唱演奏に加え、表情豊かに演奏されていたオルガンや独唱(特に3曲目、5曲目)の素晴らしさが印象に残った。プーランクのモテットでも合唱団の高い技術と表現力が発揮され、難解な作品を明瞭に仕上げていた。上手いということを頭で分かった上で聴いても、ちゃんと期待を超えてきてくれるのが嬉しいところ。
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4. Rachmaninoff: All-Night Vigil
Chorwerk Ruhr, Florian Helgath
(Coviello: COV92406)
ラフマニノフ『徹夜祷』をもう一つ。ベスト5の中に同じ曲が出てくる時点で個人の好みに偏ったランキングになっている面は否めないが、実際コールヴェルク・ルールによる演奏もとても上手い。コールヴェルク・ルールはフローリアン・ヘルガート指揮のドイツの合唱団だが、楽曲の持つ魅力を素直に引き出すことに長けている印象がある。いわば「素材の味」を活かした料理。今回の『徹夜祷』も楽曲そのものが持っている豊かな表情を引き出す巧さ。低声が少しうるさいくらいに充実していて強奏では分厚い和音が鳴り響くが、ロシア合唱特有の土臭さはなく、高級感のある仕上がり。サブスクでは(現時点で)第14曲のみ配信されていないのだけが残念。
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5. Victoria: Tenebrae Responsories
I Fagiolini, Robert Hollingworth
(Coro: COR16204)
本ランキング初の古楽作品はイ・ファジョリーニによるビクトリア『聖週間のレスポンソリウム』。あえて魅力を言語化するならば、柔らかく抑制的ながらも内に情熱的な烈しさを秘めたポリフォニーが楽しめる。1声部に1人という編成ゆえ少しの不安定さを孕んでいるが、アンサンブルは丁寧かつハイレベルで、曲想のドラマティックな変化が印象深い。名盤の多い曲であるし、好みは分かれそうだが、個人的に強く推したい演奏。尚、古楽(特にルネサンス)のアルバムを最近は色々聴いているつもりだったが、今回のベスト10の中で純粋な古楽アルバムはこのアルバムのみとなった。
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6. Brumel: Earthquake Mass
Graindelavoix, Björn Schmelzer, Manuel Mota
(Glossa: GCDP32118)
ブリュメルのミサ曲『見よ、大地が大きく揺れ動き(地震ミサ)』は12声の個性的なポリフォニー作品だが、今回のグランドラヴォアによる演奏では合唱演奏の伴奏に管楽器(セルパン、ツィンク、ナチュラル・ホルン)が加わり、さらにミサの前と各曲間にギタリストのマヌエル・モタが作り出すサウンドスケープを接合することで、原曲以上に「衝撃的な」音楽を構成している。もはやルネサンス・ポリフォニーを聴いているという実感はない。音をずり上げたり揺らしたりするグランドラヴォアらしい歌唱も相まって、タリス・スコラーズなどの演奏とは印象がまるでかけ離れているが、ここまで好き勝手にやってくれるともはや清々しさを覚える。普通の「地震ミサ」では満足できなくなりそうだとも思ったが、聴き終わってみると普通の(もう少し王道の)演奏を欲している自分もいる。
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7. Innocence
Echo Vocal Ensemble, Sarah Latto
(Resonus Classics: RES10346)
イギリスのエコー・ヴォーカル・アンサンブルのデビューアルバム。Innocence=無垢・無罪というテーマに合わせて、中世音楽やルネサンス、トラディショナル作品、そしてポピュラー音楽やサウンドトラックの合唱アレンジ&即興演奏を含む現代曲までかなり幅広く選曲されており、合唱の歴史と可能性を感じられた。雑多に見せかけてコンセプトの強いアルバムなのでブックレットに目を通した方が選曲の意図を掴めるが、コンセプトについて考えなくても聴き入ってしまうくらいの魅力がある。アルバム終盤に進むにつれてどんどん引き込まれていった。
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8. Pizzetti: Messa di Requiem | Margutti | Donati
Erato Choir, Dario Ribechi
(Dynamic: CDS8017)
エラート合唱団(イタリア)の演奏による本アルバムは、ピツェッティ、マルグッティ、ドナーティというイタリアの近現代の合唱作品を集めた。エラート合唱団の伸びやかで自然な歌唱に強く惹かれる。マルグッティのミサは複雑ながらも耳に残る。イタリア・ルネサンスを代表する作曲家パレストリーナを引用したドナーティ「谷川の水を求める鹿のように」はドラマティックで美しい。メインのピツェッティ「レクイエム」も聞き応え十分。目には目を、歯には歯を、イタリアの合唱曲にはイタリアの合唱団を、とでも言いたくなるくらい、エラート合唱団の演奏は程よく聴きやすかった。
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9. Clear Voices In The Dark
Skylark Vocal Ensemble, Matthew Guard
(Dorian Sono Luminus: DSL92278)
第二次世界大戦下で作曲されたプーランク作曲のカンタータ『人間の顔』の8つの楽章の前後に、アメリカ南北戦争時代に作曲された8つの作品(一部は本アルバムのために合唱編曲)を合わせたプログラム。『人間の顔』を収録したアルバムは色々とあるが、こういうパターンは初めてかもしれない。マシュー・ガード指揮のスカイラーク声楽アンサンブルによるこの演奏では『人間の顔』を決然と烈しく歌い上げ、対照的に南北戦争時代の伝承曲・民謡などを情感豊かに温かく歌い上げている。対比的なプログラムは上手くいっており、『人間の顔』もいつもとは少し違って聴こえる。
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10. Frank La Rocca: Requiem for the Forgotten; Messe des Malades
The Benedict XVI Choir & Orchestra, Richard Sparks
(Cappella Romana: CR430)
現代アメリカの作曲家フランク・ラ・ロッカによって作曲された、病と闘う者のためのミサ、ホームレスや難民といった社会的弱者のためのレクイエムを収録している。オルガンないし管弦楽の伴奏が付いており、全体を通して重々しく厳粛な仕上がり。ブックレットを読むと「人間の命は、人間の魂は、等しく重いものでなければならない」という想い(祈り)に溢れた作品であることが窺える。本曲のように思想やテーマの強い作品の評価は人によると思うが、そうしたものを全て差し引いても、丁寧で聞き応えのある演奏だった。特にレクイエムの「O vos omnes」に強い後味を感じた。
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