音楽批評のニーズとして良し悪しの価値判断は求められずむしろ忌避されるが、いわゆる「考察」ブームのようにその作品を深く理解するような方向ではかなりのニーズがあるというような話を読んだ。果たしてそんな時代が到来したときに、人間が「より良い音楽を目指す」とはどのような価値判断に基づくものなのだろうと思案するなど。頭はほとんど働かないが、こうしてときどき勝手に考えがめぐるものだから、私はやっぱり考えることが好きなのだろう。気づけば11月も下旬。寒くなってきた。
- 井上園子『ほころび』
- 角銅真実『contact』
- 北村蕗『500mm』
- 路傍の石『mikgazer 2024』
- 浪漫革命『溢れ出す』
- kuragari『niconico』
- 米津玄師「Azalea」
- グソクムズ『グソクムズ』(2021)
- その他
井上園子『ほころび』
声の良さ(或いは発声の良さ)は天賦の才と言っても良いような気がする。私はこの歌声で一発KOだった。ギター1本でフォーキーに聞かせる歌はとても力強く、系統としては寺尾紗穂なんかを彷彿とさせた。類似アーティストはミュージックマガジンのレビューで挙げられた名前の方が多分近いと思うけど。言葉がよく立っている歌で、歌詞を丹念に聞いていけばそこには「生活」がちゃんとある。ポエトリーリーディング系の「三、四分のうた」から始まるのがなかなか強烈だったし、そこからメロディーが入ってきてもどこかメロディーより言葉が先行している印象を受ける。時代の潮流とは全く異なるところにいて、しっかりと説得力のある音楽をやっている稀有な存在という感じ。⑨
○クロス・レヴュー 2024年11月号|ミュージック・マガジン
角銅真実『contact』
ちょっとさすがに凄かったな。圧倒的な作曲の力量を感じる。これをポップミュージックに分類するわけにもいかないが、それでもポップなところは確かにある。敢えて言うなら「現代音楽」というジャンルであろう。楽曲の全体的な雰囲気としては青葉市子、そこにジャンルは異なるがトクマルシューゴとかMON/KU、松木美定や浦上想起あたりにも通じる「職人の」作曲が掛け合わさっていて、これは常人が手を出せるタイプの音楽ではない。とにかく凄かったし、正直まだよく分かってない。分からずに凄いということだけ言っておきたい。⑩
北村蕗『500mm』
北村蕗(きたむらふき)という名前はTwitterでときどき見かけていたのだが、ようやく聞いてみた。Apple MusicではJ-POPに分類されていたが、全体を通してエレクトロニックで、ビートがしっかりしている印象を受けた。複雑ではあるがキラキラとした音はむしろとっつきやすくすらある。いいトラックメイクで結構好みだったな。⑧
路傍の石『mikgazer 2024』
ボカロを通らずに大人になってしまったので何となく未だに薄っすらとした忌避感があるのだが、これはスッと耳に入ってきた。ベタに良いシューゲイズだったと思う。⑦
浪漫革命『溢れ出す』
疾走感のあるロックから脱力感のあるヒップホップ系のナンバーまで、実にいいところを刺激してくるポップソングが並んでいる。歌詞もけっこう良いし、出会うタイミングによってはもっとハマってたかもしれない。J-POPの中心地に行ってもおかしくない、そんな大衆的なポップセンスを感じたが、わたしの最近の気分とはそこまで合わない。⑥
kuragari『niconico』
とにかくラウドな轟音シューゲイズで、もはや歌詞などは聞き取れるような状況ではないが、その音像は刺激的であるだけでなく、妙に優しい感じもするから不思議だ。RYMで上位に来ていたので聴いてみたが確かに良い。⑦
米津玄師「Azalea」
米津玄師は歌詞が上手い。メッセージを無理に詰め込むでもなく、でも「想い」が、メッセージが、そこには確実にある。泡を切らしたソーダも着ずに古したシャツも苺が落ちたケーキも捨てられない写真も、そこには比喩以上に生活が滲み出る。⑧
グソクムズ『グソクムズ』(2021)
今年聴き始めたミュージシャンの中でも、離婚伝説とグソクムズの二組はどんな気分の時に聴いても良いなと思えるような、そんな魅力がある。今回のグソクムズの一作目のアルバムは本当に自己紹介のようなアルバムで、最新作にまで通じるグソクムズらしい音づくりがしっかり楽しめた。街に溶けて、すべからく通り雨、駆け出したら夢の中、夢がさめたら、等々ほど良い名曲が並んでいる良作。⑧
その他
cat meows『生活』(2024)
少し前に、ジャパニーズ・シューゲイズにおけるジェンダー問題、特に「性的消費」について論じた(まぁ、論じるという水準には到底達していなかったが)noteが少し話題になっていた。どういう意図で書かれたかは知らないし、そもそも人間が書いたものではない可能性も指摘されていたが、これぞ「食い扶持フェミニズム」という感じの文章だったのが印象的だった。筆者は男性であるし、女性ヴォーカルの音楽が好きな理由に性的理由が何一つないと否定することはできない。自分の「好き」が性的欲求と切り分けられるかと言われたら自覚などできていないから分からない。だが、そこに性的欲求が介在していて何が悪いのかとも思う。問題はその消費行動が顕現化し、具体的な加害行為と結びついた場合であろう。という話をなんでこのアルバムへのコメントのように書いてしまったのかは分からないが、とにもかくにもcat meowsのシューゲイズは改めて聴いても好きだった。
リーガルリリー『kirin』(2024)
電球『人工島』(2024)
何度聴いても傑作だ。「4番線」が素晴らしい。