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Many are the Wonders / ORA

ルネサンス期を代表する作曲家による作品と、それらの作品に基づいた現代作曲家による応答を委嘱・録音するというプロジェクトを進めている ORA Singers & スージー・ディグビーによる「ルネサンスの至宝とその反映」シリーズの第二弾「Many are the Wonders」。第一弾のバードに続き、16世紀イギリスの作曲家トマス・タリスによる作品を取り上げている。ルネサンス縛りの第7回目。ORA への偏りが激しい。

Many are the Wonders

Many are the Wonders

  • ORA
  • クラシック
  • ¥1681

アルバムのタイトルは日本語にすると「多くの不思議」である。ブックレットの解説では、タリスについて十分な資料が残っておらず多くの点で謎に満ちていることが強調されている。たとえば、カトリックとプロテスタントの対立の中で同時代のバードはカトリックに対する強い忠誠を示していたことが記録に残っているが、タリスがこれらの対立をどう受け止めたかについては明確な証拠が残っていないという。

あえて言うと、本アルバムに収録されているタリス作曲の作品から、特定の「個性」を見出すのは難しいと感じた。タリスとはこういう作風の作曲家だ、という掴みどころが難しい。半音でぶつけてきたりすると、タリスかも?みたいな印象を持つことはあるが(false relation というやつ)。

「タリスらしさ」なるものが仮にあるとして、それは If ye love meO Nata Lux あたりの簡素な作品に表れているか、はたまた Videte Miraculum のような大作に表れているか。雑な言い方をすれば別の作曲家の作品と言われても疑わない気がするくらい、作曲のスタイルを柔軟に(おそらく要請に応じて強制的にだろうが)変えることができる作曲家だったとは言えそうかなと思った。

印象的な作品について。まず If ye love me は男声合唱の編成で歌われ、ホモフォニックな作品なので、同声合唱らしいよく溶け合うサウンドがよく合っていた。フェルコによる反映は原曲の甘美さを尊重しながら現代的な響きに昇華させていく一作。O Nata Lux とエスコットによる応答作は「光」を感じさせるような美しいハーモニーが特徴的。

Loquebantur はポリフォニーの趣が強い一曲であり、その応答作であるバートンの Many are the Wonders はタリスの趣を残しながらも、よりポップな響きやジャズ的な趣のあるゴスペル曲。こんな昇華の仕方があるのかと、これまでの ORA 委嘱の作品の中でもトップレベルに驚かされた。

本アルバム随一の大曲 Videte Miraculum は全体を通してさすがの演奏。ソプラノの響きがもう少し柔らかいと良いなと思うところはしばしばあったが、この辺は好みの問題であろう。アランによる応答作は下降音形のリフレインが特に印象的に響く一作だった。

ORA のアルバムにしては、少し粗が感じられるところもあったが、十分なボリュームでタリスやそれに連なる音楽を楽しめる一枚だった。


Many are the Wonders - Renaissance gems and their reflections Volume 2: Tallis
ORA, Suzi Digby
2017 (Harmonia Mundi: HMM905284)
Presto, musicweb, HMV
★★★★☆(2024/6/16)

Strauss: A Cappella / Accentus & Latvian Radio Choir

アクサンチュス & ラトビア放送合唱団という大編成によるリヒャルト・シュトラウスのアカペラ合唱曲の作品集。見事なくらいの大曲揃い。

Strauss: A Cappella

Strauss: A Cappella

  • アクサンチュス室内合唱団, ローランス・エキルベイ & Latvian Radio Choir
  • クラシック
  • ¥1681

「ドイツ語のモテット Deutsche Motette Op. 62」はいきなり20声部による20分弱の大曲。ラトビア国立合唱団の演奏で聴いたばかりだったのと、今回は imslp でスコアを確認しながら聴いたこともあって、以前よりも細かい部分まで聴けたような手応えはあった。しばらくはこうやって聴かないとダメだなと。これだけの声部がありながらも大味にならずに緻密に整理された演奏は圧巻。ソロもソリストらしい味を出しながらよく調和している。中間部あたりから何度もリフレインされる「O zeig mir, mich zu erquicken」の3連符が妙に耳に残っている。

Traumlicht Op.45 No.2」は個人的に歌ったこともあって、数多ある男声合唱曲の中でもトップレベルの重厚さがある作品だと思っていたのだが、他の作品と並べてみるとだいぶ爽やかでむしろ軽さすら覚える。演奏はもちろん素晴らしかった。

続く「Zwei Gesänge Op.34」は2作とも絶品の仕上がり。まず、Der Abend は改めて書くまでもないほどの美しい名曲だが、まさにこういう演奏を聴きたかったんだという仕上がり。冒頭の一音だけでもう耳から「光が見える」し、そのまま絶妙なバランスと美しさを保って最後まで進んでいく。いくつかの録音を聴いてきたが、この演奏が個人的には(今のところ)ダントツかもしれない。続く Hymne も絶品。声部が多いことに加え、かなり細かいパッセージもあるが、細部までよく整理されている。中盤あたりでポリフォニックに複数のフレーズが絡むところが結構好み。1曲目の「ドイツ語のモテット」のときにも思ったことだが、3連符のフレーズが持っている推進力が印象に残る。


Strauss: A Cappella
Accentus & Latvian Radio Choir, Laurence Equilbey
2009 (Naive: V5194)
Presto
★★★★☆(2024/6/6)

Saint-Saëns - Hahn: À la lumière / Accentus

フランスの室内合唱団アクサンチュスの演奏は独特の味わいがあるなぁといつも思わせてくれる。19〜20世紀のフランスで活躍した作曲家、サン=サーンスとレイナルド・アーンの合唱作品を収めた一枚『光に寄す À la lumière』もアクサンチュスらしい深く芳醇な演奏が楽しめる。指揮はクリストフ・グラッペロン。

Saint-Saëns - Hahn: À la lumière

Saint-Saëns - Hahn: À la lumière

  • アクサンチュス室内合唱団, Christophe Grapperon & Eloïse Bella Kohn
  • クラシック
  • ¥1681

前半はサン=サーンス。冒頭の「夕べのロマンス Op.118」が、いきなり妖艶さのある魅力的な演奏で一気に惹き込まれた。こういう曲は特にアクサンチュスの演奏が映える。続く「2つの合唱曲 Op.68」はオランダ室内合唱団 × ダイクストラ版(Alpha: ALPHA638)とかなり異なる趣の仕上がり。オランダ室内合唱団と比べてアクサンチュスは優雅さや長閑さに欠けるが、熟成した深みのある味わいがある。

サン=サーンスの最終曲でもある5曲目「サルタレッロ Op.74」は男声合唱作品。混声4作は割とたっぷりハーモニーやレガートなフレーズを聴かせる作品が並んでいた印象だが、最後のサルタレッロはリズミカルでマルカートな部分も多く、ハリのあるカチッと決まった演奏がカッコ良かった。

続くレイナルド・アーンの作品は、サン=サーンスと類似する作風ながらかなり異なる印象も受ける。『歌とマドリガル』の3曲や「暗部」は、短いながらも旋律の美しさが印象に残るし、サン=サーンスと比べて和声の感じが個性的に思われた。和声的な美しさは特に「光に寄す」という本アルバム最長の一曲で特に顕著だった。

ラストのピアノ付きの3曲は昼→夜→朝と時間帯がだんだん移っていくように作品が配置されている。合唱だけでなくピアノがとても美しいなという印象を受ける。最終曲「アテネ式の朝の歌」は女声合唱作品で、サン=サーンスが男声合唱作品で終わったことと対応しているのかなと。女声合唱作品の温かみに溢れた優雅な一作だった。

たっぷりと楽しめる良い一枚だった。


Saint-Saëns - Hahn: À la lumière
Accentus, Christophe Grapperon, Eloïse Bella Kohn
2022 (Alpha: ALPHA864)
Presto, HMV
★★★★☆(2024/6/18)

Vaughan Williams: Retrospect / London Choral Sinfonia

イギリスを代表する作曲家ヴォーン・ウィリアムズの作品を集めた一枚。マイケル・ウォンドロン指揮のロンドン・コーラル・シンフォニア(合唱・管弦楽)による丁寧な演奏が光る。

Vaughan Williams: Retrospect

Vaughan Williams: Retrospect

  • London Choral Sinfonia, マイケル・ウォルドロン & ジャック・リーベック
  • クラシック
  • ¥1833

歌劇からの抜粋作品である合唱組曲『ウィンザーの森にて』や、続く「Land of our Birth」は弦楽合奏に引き立てられた華やかな合唱演奏が楽しめる。イギリス人に人気の作曲家というのもなんとなく分かる。タイトルからも推察できるように自然の風景を感じられる曲で、こういう曲ってその地を生きた人に愛されるものだよなぁと思う。イギリスに行ってみたら、住んでみたら、もう少し分かるものかもしれない。

中盤はJ.S.バッハ作曲「おお愛する魂よ、汝を飾れ」「大フーガ」および、オーランド・ギボンズ作曲「Hymn tune Prelude on ‘Song 13」の管弦楽編曲版を経て、ヴァイオリン協奏曲へ。ヴァイオリン協奏曲は3楽章構成で16分半。明快な構成でスッキリとした短い作品が並んでいて馴染みやすい。たっぷりと歌われる第2楽章のヴァイオリンらしい旋律美が印象的だった。

ラストは弦楽合奏と(おそらく)オルガンを伴奏にした、ホモフォニックで荘厳な合唱曲「Nothing is here for tears」と、弦楽合奏に引き立てられた温かいテノール独唱が感動的な「静かな午後」(歌曲集『命の家』)が並ぶ。どちらもベタに良い曲だった。


Vaughan Williams: Retrospect
London Choral Sinfonia, Michael Waldron, Jack Liebeck (violin), Andrew Staples (tenor, Thomas Carroll (cello)
2024 (Orchid Classics: ORC100289)
Presto Music, HMV
★★★☆☆(2024/6/17)

Refuge from the Flames / ORA

ルネサンス期を現代合唱に「反映」させることをコンセプトにしている ORA Singers × スージー・ディグビーのセカンドアルバム。

本アルバムは、2人の作曲家による Miserere に挟まれる形で、15世紀のドミニコ会修道士サヴォナローラ(Girolamo Savonarola)に関係する作品をメインとして構成されている。ルネサンス縛りの第6回目。

Refuge from the Flames

Refuge from the Flames

  • ORA
  • クラシック
  • ¥1681

サヴォナローラ自身はポリフォニーやオルガン作品を悪いものと述べていたそうで、彼自身が作曲した M2 〜 M4 を聴けばテクストを重視した明快な音楽を良いものとしていたことは何となく分かる。

続いて、サヴォナローラのテクストにインスピレーションを受けた合唱作品(リシャフォール作曲の O quam dulcis、ル・ジューヌやクレメンス・ノン・パパ作曲の Tiristitia obsedit me, magno など)が収められている。その中にはサヴォナローラのテクストを用いた作品の中でも特に有名な Infelix ego にバードが作曲したものと、その反映作品であるエセンヴァルズの Infelix ego も収められている。サヴォナローラ自身はポリフォニーを嫌がっていたが、バードのようなポリフォニーの作曲家に大きな影響を与えたというのは皮肉な面白さ。

なお、Infelix ego のテクストはサヴォナローラによる Miserere という詩篇に対する瞑想であり、異端者として拷問を受けていた処刑直前の時期に記されたものだという。テクストを読むと、この世の絶望の中に神という最後の希望を見出すような、そんな痛みと温もりのあるテクストである。バード、エセンヴァルズ、どちらの Infelix ego も圧巻の演奏であった。特に、エセンヴァルズのラストは現代合唱の技術を使うと、こうやって希望と絶望を表せるのかと驚いた。

Miserere は、アレグリによる作品が冒頭に配置され、アレグリの色を残しながらも現代曲として充実した仕上がりのマクミランによる作品が最後に置かれる。ちなみに、アレグリの方に出てくる「ハイC」は転記ミスによるもので本当はなかったものらしい(ブックレット参照)。今回の演奏では無装飾→装飾あり→ハイC を含む20世紀版、という順で演奏するアプローチをとっている。その判断もまた、ルネサンスと現代をミックスするような ORA のコンセプトに近いのかなぁということは漠然と思った。

二曲の Miserere がサヴォナローラの音楽世界を包み込むような大いなる存在として位置づけられる重厚さがあり、その中に Infelix ego をはじめとする充実したサヴォナローラの世界が広がっている。良い一枚だった。


Refuge from the Flames - Miserere and the Savonarola Legacy
ORA, Suzi Digby
2016 (Harmonia Mundi: HMW906103)
Presto, eclassical, musicweb
★★★★★ (2024/6/15)


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