What Didn't Kill Us

娯楽を借りた生存記録

Innocence / Echo Vocal Ensemble

サラ・ラットが指揮を務めるイギリスの新進気鋭の合唱団エコー・ヴォーカル・アンサンブルのデビューアルバム『Innocence』は幅広い年代・ジャンルの合唱作品を縦横無尽に辿る意欲的な一枚。12世紀に活躍したヒルデガルト・フォン・ビンゲンの歌から、ルネサンスのパレストリーナ、ムートン、バロックのパーセル、時代上は後期ロマン派あたりに活躍したラヴェル、そして20世紀後半以降のポップス曲を含む現代曲もいくつか収められている。

アルバムのコンセプトは正直聴いているだけでは判断できない。Resonus のサイト(Links参照)からブックレットを閲覧できるのでざっと読んでみたが、思っていた何倍もコンセプトがしっかりしていて驚いた。このセットリスト自体が過去の探求を経て未来へと繋いでいくという意味を持っており、ある面では「政治的」であるし、「君たちはどう生きるか?」と問いかけるようなアルバムとまとめられる。

だが、ここではあえてそのようなメッセージ性を無視して、聞こえてきた音にできる限り絞って感想を書いてみたい。

アルバムはビンゲン『O nobilissima viriditas』の一節から始まり、最初はすべてを包み込むような温かさと柔らかさ、そして広大さを感じられる2曲が演奏される。ビンゲンの第二節を経て「合唱らしさ」は一度消え、「Patake!」という民族的で祝祭的な印象を受ける音楽と「The Singer」という無伴奏ソプラノ独唱曲が表情豊かに演奏される。この時点でレパートリーの広さに驚かされた。そして、ラヴェル作曲の「3つの歌」へ。合唱団の高い実力がよく表れていたし、このアルバムの中でも一つの大きな山だった。

ビンゲンの第三節から始まる第3部は、特に後半の2曲が印象的。「Hush-a-ba Birdie」はヒソヒソ声で何かを語っているはるか遠くに女声の歌が聞こえる。続く、ビートルズ「I’m Only Sleeping」は Improvisation=即興演奏であり、高い音楽的素養があるからこその完成度だった。この第3部は「眠る」ことをテーマとしていることが音響的にも楽曲的にも明確に窺える。なお、ここの「眠る」ことの意味はブックレットに明確に記されている。

ラストの第4部。ここが聴いていて最も面白かった。まず、スケンプトン「He wishes for the cloths of Heaven」は最初の2曲と近く、合唱曲らしく和声的な美しさをもっている一曲。全体を通してこの曲の演奏が一番合唱団のサウンドにも合っていて良かった。子守唄を経て、イギリスのロックバンド、ザ・スミスの楽曲「There Is a Light That Never Goes Out」の合唱アレンジへ。明るくキャッチーな曲かと思って聴いていると、ラストの方でソリストは取り残されて、イモージェン・ヒープ「Hide and Seek」が"混入"してくる。

混沌としたまま、アルバムは突如パレストリーナの音楽まで"退行"する。そして今度は、イギリス出身のシンガーソングライター・アノーニの「Why Did You Separate Me From the Earth」で再びの即興演奏。この曲が気候変動のような環境問題を歌っているということくらいは知って聴くべきかもしれない(この曲で innocence の意味を少しだけ理解した)。そして、アルバムはメレディス・モンクの「Panda Chant Ⅱ」へと辿り着く。もはや何が何だか分からないのだが、一言で言うならば「幼稚さ」のある音楽。モンクの音楽が終わって最後のビンガンに辿り着いたとき、先ほどとは別の意味で innocence に「還ってきた」感覚を抱いた。

幅広い年代・ジャンル・演奏形態の音楽を楽しめる一枚であり、他人にも薦めたくなる一枚。演奏の実力もあり、満足度はかなり高かった。


Innocence
Echo Vocal Ensemble, Sarah Latto (director)
2024 / Resonus Classics / RES10346
Links: Presto, Resonus, Gramophone
★★★★★(2024/8/5)

Innocence

Innocence

  • エコー・ヴォーカル・アンサンブル & サラ・ラット
  • クラシック
  • ¥1528


■ アルバム収録のポップス曲(原曲)

アイム・オンリー・スリーピング

アイム・オンリー・スリーピング

  • ビートルズ
  • ロック
  • ¥255
  • provided courtesy of iTunes

There Is a Light That Never Goes Out

There Is a Light That Never Goes Out

  • ザ・スミス
  • オルタナティブ
  • ¥255
  • provided courtesy of iTunes

Hide and Seek

Hide and Seek

  • イモージェン・ヒープ
  • エレクトロニック
  • ¥255
  • provided courtesy of iTunes

Why Did You Separate Me From the Earth?

Why Did You Separate Me From the Earth?

  • ANOHNI
  • オルタナティブ
  • ¥255
  • provided courtesy of iTunes